中山身語正宗
よみ:なかやましんごしょうしゅう
木原松太郎(覚恵)が1912年に立教した真言系の教団で、1946年に高野山真言宗から独立した。佐賀県基山町の瀧光徳寺を大本山とし、滝行やお百度参りなどの行を特色とする。
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信者数・会員数(公表値)
| 年 | 人数 | 定義・出典 |
|---|---|---|
| 2008年 | 300,000人 | 全国の信者数(教団発表) [4] |
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教義・信仰の特徴
宗祖覚恵が仏から受けた「ご本願」を根本とし、世界平和と人々の幸福を願う。教えの中心は「頼む一念身語正」で、おごりや飾りを捨てて仏にひたすら頼り、お行を続けて幼子のような素直さに至ること、そして仏の言葉を身に正しく受けることを意味する。「助けてゆくぞ」は、現在の苦しみを救うとともに悪因に気づかせ、安心を培う道を示すものと説明される。日々の行として読経、お百度参り、滝行がある。[3][4]
沿革・活動
1912年2月18日に木原松太郎が神示を受けて立教し、1913年に高野山で得度して覚恵の名を受けた。1921年に瀧光徳寺を開創し、1942年に覚恵が没した。1946年6月に宗教法人令のもとで高野山真言宗から独立し、1952年7月に包括宗教法人としての認可を得た。1954年に現在の大本堂、1966年に五重宝塔が建立された。2011年に立教百年を迎えた。同年8月には熊本県の同教団施設での滝行中に少女が死亡し、僧侶らが容疑を受けたと報じられた。[2][4]
関連団体・分派・名称変更
出典
- Wikipedia「中山身語正宗(日本語版Wikipedia)」(2026-10-10閲覧)
- 中山身語正宗「中山身語正宗のあゆみ」(2026-10-10閲覧)
- 中山身語正宗「中山身語正宗の教え」(2026-10-10閲覧)
- J-CASTニュース「「除霊」で少女死亡させた宗教団体 100年の歴史誇る中山身語正宗とは」(2026-10-10閲覧)
- Wikipedia「光明念佛身語聖宗(日本語版Wikipedia)」(2026-10-10閲覧)
- Wikipedia「身言正宗(日本語版Wikipedia)」(2026-10-10閲覧)
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