天理教(天理教教会本部)
よみ:てんりきょう 別名・旧称:天理教教会本部
中山みきを教祖とし、奈良県天理市のぢばを中心とする教団。親神への信仰と助け合いの実践を重んじ、日本の新宗教の代表的存在とされる。[2]
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信者数・会員数(公表値)
| 年 | 人数 | 定義・出典 |
|---|---|---|
| 2024年 | 1,121,541人 | 宗教年鑑 令和7年版(2024年12月31日現在)掲載の信者数 [1] |
| 2023年 | 1,122,790人 | 宗教年鑑 令和6年版(2023年12月31日現在)掲載の信者数 [2] |
公表信者数は団体の自己申告に基づき、実際の信仰者数とは一致しません。信者の定義は団体ごとに異なります。
教義・信仰の特徴
人類を創造した親神「天理王命」を信仰対象とする。人間は互いに助け合って暮らす「陽気ぐらし」をするために創造されたとし、自己中心的な心遣いを改めて他者の幸せを願うことを求める。創造説話「元の理」に基づく「かぐらづとめ」や、病苦を救う「さづけの理」を伝え、聖典に『おふでさき』『みかぐらうた』『おさしづ』がある。奈良県天理市の「ぢば」を人間創造の地とし、全国の教会はぢばの方角を向いて建てられている。[3][4]
沿革・活動
1838年(天保9年)10月26日、大和国の農家の主婦であった中山みきが天啓を受けて「神のやしろ」となり、教えを説き始めた。みきの没後は飯降伊蔵が神言を伝え、1888年に神道直轄の天理教会として認可された。1908年に教派神道の一派として独立が公認され、第二次世界大戦後は教派の枠を離れて教祖本来の教えを前面に出す形となった。[4]
関連団体・分派・名称変更
外部調査データ
学術調査・公的統計の結果です。サイト内投票とは別に集計し、尺度を変換していません。
宗教年鑑 令和7年版(宗教統計調査)(2024年)
- 包括宗教団体別 信者数(宗教年鑑 令和7年版 第6表・文部科学大臣所轄包括宗教法人、令和6年12月31日現在):天理教 1,121,541
出典:文化庁宗務課(資料)
出典
- 文化庁「宗教年鑑 令和7年版」(2026-10-10閲覧)
- Wikipedia「天理教 - Wikipedia」(2026-10-10閲覧)
- 天理教教会本部「天理教公式サイト「はじめての方へ」」(2026-10-10閲覧)
- コトバンク「天理教 - コトバンク(日本大百科全書ほか)」(2026-10-10閲覧)
- Wikipedia「ほんみち - Wikipedia」(2026-10-10閲覧)
- Wikipedia「大道教 - Wikipedia」(2026-10-10閲覧)
- Wikipedia「世界心道教 - Wikipedia」(2026-10-10閲覧)
- Wikipedia「八楽会教団 - Wikipedia」(2026-10-10閲覧)
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