ほんみち
よみ:ほんみち
大西愛治郎が天理教の教えを継ぐと唱えて始めた教団で、天理教からの分派とされる。戦前に治安維持法違反などで弾圧を受けた経緯がある。[2]
情報の最終確認日: ・ 出典 5件 ・ 信仰度を投票する ・ 口コミを見る
この団体の信仰度は?
口コミ(0件)
匿名で投稿できる利用者の感想です。内容の正確性は保証されません。団体の評価や事実の根拠としてではなく、参考情報としてお読みください。
口コミを書く
まだ口コミはありません。
信者数・会員数(公表値)
| 年 | 人数 | 定義・出典 |
|---|---|---|
| 2024年 | 319,034人 | 宗教年鑑 令和7年版(2024年12月31日現在)掲載の信者数 [1] |
| 2021年 | 319,031人 | 宗教年鑑 令和4年版(2021年12月31日現在)掲載の信者数 [2] |
公表信者数は団体の自己申告に基づき、実際の信仰者数とは一致しません。信者の定義は団体ごとに異なります。
教義・信仰の特徴
天理教の開教期の教えを、「こふき」の神話を基本に体系化したとされる。「かんろだい」を人間をも意味するとする「かんろだい人の理」や、聖地「ぢば」に真柱・かんろだい・本席を祀る内・中・外の三宮が建つとする「三軒三棟の理」を説く。[3]
沿革・活動
大西愛治郎が天理教山口教会長の時期に神がかりし、中山みきを継ぐ「かんろだい」の天啓者と自覚したとされる。1924年に異端として天理教を追放され、1925年に奈良県磐城村で天理研究会を設立した。1928年の『研究資料』配布で不敬罪による弾圧を受け、1938年には再び弾圧されて教団は禁止・解散となった。戦後の1946年に再建し、1936年に天理本道、1950年にほんみち本部、1952年にほんみちと改称した。本部は大阪府高石市にある。[3]
関連団体・分派・名称変更
外部調査データ
学術調査・公的統計の結果です。サイト内投票とは別に集計し、尺度を変換していません。
宗教年鑑 令和7年版(宗教統計調査)(2024年)
- 包括宗教団体別 信者数(宗教年鑑 令和7年版 第6表・文部科学大臣所轄包括宗教法人、令和6年12月31日現在):ほんみち 319,034
出典:文化庁宗務課(資料)
出典
- 文化庁「宗教年鑑 令和7年版」(2026-10-10閲覧)
- Wikipedia「ほんみち - Wikipedia」(2026-10-10閲覧)
- コトバンク「ほんみち - コトバンク(日本大百科全書ほか)」(2026-10-10閲覧)
- Wikipedia「ほんぶしん - Wikipedia」(2026-10-10閲覧)
- Wikipedia「世界心道教 - Wikipedia」(2026-10-10閲覧)
誤りや更新情報は 情報訂正フォーム からお知らせください。信者数の扱いは調査方法、新宗教全般は新興宗教とはをご覧ください。