本化妙宗連盟
よみ:ほんげみょうしゅうれんめい
山川智応が田中智學の日蓮主義を受け継いで創立した法華系の在家・僧俗一体の団体。前身は1940年の師子王学会で、1945年に本化妙宗連盟を名乗り、本部は神奈川県鎌倉市にある。
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教義・信仰の特徴
日蓮を唯一絶対の依りどころとし、その遺文を指導の教書として、日蓮が示した教えをそのまま学び実践することを掲げる。正しい信仰の条件として、本仏・本法・本化の実在を確信すること、日蓮を本化上行菩薩の垂迹とみること、日本に将来本門の戒壇が建立されると信じること、そのために生々世々、身を軽んじ法を重んじる信行に努めることの四点を挙げる。日蓮門下の各宗派や出家・在家の別を超えた僧俗一体の団体を目指し、「聯盟」はその推進のための同盟機関を意味するという。本尊は日蓮真筆の大曼荼羅、典籍は法華三部経と日蓮遺文集とされる。[3][5]
沿革・活動
山川智應は田中智學の高弟で、智學の没後の1940年に鎌倉の稲村ガ崎で師子王学会を設立した。敗戦の1945年に、日本と宗教界の再建を目指す同盟機関として本化妙宗連盟を創立し、翌1946年に宗教法人として認可された。山川の没後は高橋智遍が継ぎ、1962年から1968年にかけて全国各地で創価学会に対する批判講演会を開き、1968年には「良識復活国民運動」を起こして1974年まで続けた。1972年に佐渡の真浦の聖蹟を再建立し、1985年にインドのクシナガラに題目宝塔を建て、2000年に『類纂日蓮聖人遺文集・平成版』を出版した。[2][5]
関連団体・分派・名称変更
出典
- Wikipedia「本化妙宗連盟(日本語版Wikipedia)」(2026-10-10閲覧)
- 本化妙宗聯盟(公式)「歴史と沿革」(2026-10-10閲覧)
- 本化妙宗聯盟(公式)「本化妙宗連盟の教義」(2026-10-10閲覧)
- 本化妙宗聯盟(公式)「法人概要」(2026-10-10閲覧)
- 宗教情報リサーチセンター(国際宗教研究所)「本化妙宗聯盟(教団データベース)」(2026-10-10閲覧)
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