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信仰度
系統:神道系 活動中

丸山教

よみ:まるやまきょう

農民の伊藤六郎兵衛が興した丸山講を基盤とする教団。明治期には勢力が大きく、戦後に宗教法人として独立した。[2]

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信者数・会員数(公表値)

年 人数 定義・出典
2024年 10,936人 宗教年鑑 令和7年版(2024年12月31日現在)掲載の信者数 [1]
2016年 11,035人 宗教年鑑 2016年版掲載の信者数 [2]

公表信者数は団体の自己申告に基づき、実際の信仰者数とは一致しません。信者の定義は団体ごとに異なります。

教義・信仰の特徴

親神を宇宙の根元・万物を産み育む力とし、人は親神から「一分心」を受け継ぐ存在と説く。心の曇りを祓い清める「かん清浄」と、万物は本来平等とする「ひとしごころ」を重んじ、天明海天の神言の拝唱や身祓などの心身浄化を行う。また勤労と節約を尊ぶ。創始期の教義は反文明的で、土地均分・社会平均を唱える世直し的性格が強かったと辞典は記す。[3][4]

沿革・活動

富士信仰を基盤に、武蔵国橘樹郡の農民であった伊藤六郎兵衛(1829-94)が明治初期に創唱した。1870年に重病の妻の全快後に神がかりし、1873年に開教したと世界大百科事典は記す。1874年に富士一山講社(のち扶桑教)に加入して布教を合法化し、1884年に扶桑教を離れて神道本局所属の丸山教会となった。六郎兵衛の没後に教勢は衰え、第二次世界大戦後の1946年に丸山教として独立した。[4]

出典

  1. 文化庁「宗教年鑑 令和7年版」(2026-10-10閲覧)
  2. Wikipedia「丸山教 - Wikipedia」(2026-10-10閲覧)
  3. 丸山教「丸山教公式サイト「教義」」(2026-10-10閲覧)
  4. コトバンク「丸山教 - コトバンク(日本大百科全書ほか)」(2026-10-10閲覧)

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